2/04/2011

読書案内

私と一緒に研究する学生さんにぜひ読んでおいてほしい本,お奨めできる本をあげておきます.


【研究全般】

必ず一度は目を通して下さい.

【辞典類】

  • 岩波数学辞典(第4版),岩波書店.¥17,850.
    「比類なき 全数学のエンサイクロペディア」という帯のコピーが泣かせます. この辞典には一般的な数学概念が網羅的に解説されています. 索引が和文・欧文ともに非常に充実しており,論文を読んでいてわからない言葉はたいてい見つけることができるでしょう. 2007年に大幅にリニューアルされた第4版が刊行され,全文書のPDFを収めたCDROMが付属するようになりました.
    第4版から説明文がかなりわかりやすくなりましたが,それでも歯が立たないこともあるかもしれません.そういうときには,
    • 新しく出会った語がどういう分野の言葉であり,どんな本を読んで勉強すればいいのかを知る
    • 関連するキーワードにはどんなものがあるかを知る
    • 内容を大体わかっている事柄について,正確な定義を確認する(特に論文執筆時)
    といった目的で使うとよいと思います.(辞典というのは本来そういうものですが)

    また,適当に興味のある用語から調べて,説明の中に出てくるわからない語を次々に孫引きしてしていく「チェーン数学辞典」も楽しいものです.一時間や二時間はゆうに楽しめます.
  • 本書をすすめると,大抵の学生さんがまず「高い」と感じるようです. しかし,これほど上質の,普遍的な価値のある本がたった二万円弱で買える(※)なんて非常に幸せなことだと思いませんか.情報あたりの単価を考えたら安すぎて申し訳なくなるくらいです. 本気で研究をする気のある人なら何をおいても買う価値はあると保証します。
    (※)以前は「一万円ちょっと」と書いていたのですが,第4版になって「二万円弱」となりました.それでもまだ安いですね.

    追記情報:
    • 本書の英語訳が EDM(Encyclopedic Dictionary of Mathematics) という名でMIT Pressから出版されています。 
    • Mathworld: E. Weisstein主宰のオンライン数学辞典(英語).

  •  小松勇作:数学 英和・和英辞典,共立出版.¥3,780.
    コンパクトなわりに収録語の豊富な数学英語辞典です.巻末付録にある数式・文字の読み方も便利です. 和英の配列がローマ字なのが少々引きづらいかも.

    研究室に入って英語の専門文献を読むときには,通常の英和辞典だけでは絶対に不十分です. 数学的な意味で用いられている言葉を,数学の知識もなしにいくら頑張って英文解釈しようとしても無駄ですし,一般的な英和辞典だけを使ってセミナー等の準備をしたとしても,準備をしたうちには入りません. 必ず本辞典か,それに類した専門的な英和辞典で調べてください.特に,難しい単語よりむしろ日常英語でも使うような易しい単語が要注意です。 日常的な意味かと思ったら数学的な意味だったり,またその逆であったりするからです.
    最初はとにかく専門的な辞典を手元において,丹念に調べていくしか道はありません. 数学で使う語彙はさほど多くはなく,しばらく続ければすぐに辞書不要になりますので,頑張ってください.

  • Longman Dictionary of Contemporary English, Longman (ロングマン英々辞典)
    英和・和英辞典を持っていない人はいないと思いますが,英々辞典も必ず一つは入手して下さい。 英語←→日本語の対応関係を知ることと,英語の意味を英語のまま理解することとは本質的に次元の異なる作業だからです。 特に英語で文章を書くようになったら英々辞典は必携です。 和英辞典で引いた単語を並べただけでは英文を書いたうちには入りません(ネット翻訳などもってのほかです).
    Longmanの辞書では語義説明に使われる単語が約2,000語のDefining vocabularyに限られており,説明文も外国人学習者にとって平易なものになるように配慮されています。 この特徴は,自分が単語を調べるときに理解しやすいというだけでなく,他人に平易な英語で説明することを心掛けるためのトレーニングとしても役立つでしょう。

     ※このほか、Oxford Advanced Learner's Dictionary(OALD)もLongmanと並んで定評のある良い辞書です。Longmanがスラスラ理解できるようになったら,OALDと併用 して二通りの説明を読むようにするとよいでしょう.言葉をより深く、より立体的に捉えられるようになると思います。

【数学基礎】

  • 斎藤正彦:線形代数入門,東大出版.
    線形代数の教科書を持っていない人はいないでしょうが,これからなにか新しく買う一冊勧めるとすれば本書です.説明が詳しく例題が豊富です.本書も多くの学部で一般教養の教科書として使われているようです。線形代数ができないとお話になりませんので復習は確実に.

  • 高木貞治:解析概論,岩波書店. 
  • 杉浦光夫:解析入門I,II,東大出版. 線形代数の場合と違い,解析学に関しては一般教養で学ぶいわゆる「微分積分」の内容では概して不十分で,少し上のレベルを自習する必要があると意識して下さい.工学系では積分や微分方程式の算法に時間が割かれる(あるいは,そういったところだけ覚えている)ことが多いように見受けられますが,研究で必要になるのはその背後にある連続,極限,絶対収束,一様収束などの基礎概念,そしてそれらを統べる「論理」の方です.上記2書はこのあたりをしっかり学ぶためのバイブル的存在です(本来はどちらも一般教養の教科書ですが…).『解析概論』は講義のようなライブ感と文語文の格調があり,旧制高校の学生になったような気分が味わえます.『解析入門』は解説が徹底的に詳しくじっくり自習するのに向いています.
  • 高橋礼司:複素解析,東大出版
  • 杉山昌平:ラプラス変換入門,実教出版
  • アールフォルス:複素解析,現代数学社

【制御工学の基礎(線形制御)】

  • 杉江,藤田:フィードバック制御入門,コロナ社.
  • 片山徹:フィードバック制御の基礎(新版),朝倉書店.
  • 須田信英:線形システム理論,朝倉書店.
  • 前田,杉江: アドバンスト制御のためのシステム制御理論,朝倉書店.
  • 児玉,須田:システム制御のためのマトリクス理論,コロナ社.
    制御理論に必要なマトリクス理論を網羅したすばらしい本なのですが,残念ながら絶版です.所属する研究室や図書館に置いてある人は幸運です.

【非線形制御】

  • Isidori: Nonlinear Control Systems, 3rd eds., Springer-Verlag.
  • Isidori: Nonlinear Control Systems II, Springer-Verlag.
    難しさ:★★★★ 非線形制御の理論をやる人は必修.多様体論の基礎知識が前提
  • Khalil: Nonlinear Systems, 2nd eds., Prentice-Hall.
    難しさ:★ 専門を問わずどなたにでも
    説明が詳細でわかりやすく,独習に向いています.非線形の素人さんにとりあえず一冊おすすめするならこれです。

  • Vidyasagar: Nonlinear Systems Analysis 2nd Ed., Prentice-Hall,1993.
    難しさ:★★
    数学的にきちんと書かれた非線形システム論の教科書です。予備知識はたいして要りませんが、理論への情熱と忍耐力は必要です。特徴としては、
    • 微分方程式の解の取り扱い、それからLyapunovの安定性の議論に多くのページ数を費やしている
    • 信号とノルムの取扱が厳密。それだけに準備が長い
    • マトリクスメジャーと時変系の安定論についてきちんと書かれている
    • 最後の方に厳密な線形化とFrobeniusの定理も触れられていますが、ここをきちんと勉強したいならIsidoriの本を読んだほうがいいです。


【力学・ロボティクスの基礎】

  • 有本卓:新版 ロボットの力学と制御,システム制御情報ライブラリー,朝倉書店,2004.
  • 吉川恒夫:ロボット制御基礎論,コンピュータ制御機械システムシリーズ,コロナ社, 1988.
  • 広瀬茂男:ロボット工学ー機械システムのベクトル解析ー,裳華房. 
  • Spong & Vidyasagar:Robot Dynamics and Control, John Willey & Sons.

    ロボットをやるならば, 上のうち少なくとも一冊は必修.内容は、だいたい90年頃までに確立されたロボット制御の基礎理論です (ベクトル解析,機構の表現形式,順・逆運動学,順・逆動力学/フィードバック線形化,軌道追従制御,適応制御など。) ロボット業界は裾野が広くて意思の疎通に苦労することもありますが、 少なくともこのあたりまではおおむねどの研究者にも通じる共通言語だと思います。

  • Goldstein (+Poole+Safko): Classical Mechanics, 3rd ed., Prentice-Hall.
    邦訳: ゴールドスタイン:古典力学, 物理学叢書 吉岡書店.
    第1版が出たのは1950年代と非常に古く,現在は後継者らが加筆して第3版まで出ています。 同じく吉岡書店から演習問題の解説書も出版されています。 解析力学をカンペキに理解したい人は避けて通れない定番中の定番ですが,読むにはそれなりに腰を据える必要があります.力学の教科書はそれこそ星の数ほどありますので,もっとやわらかい本で理解を助けながら読むとよいかもしれません.

  • V.I.Arnold: Mathematical Methods of Classical Mechanics, 2nd ed., Springer-Verlag.
    邦訳: アーノルド:古典力学の数学的方法,岩波書店.
    私が個人的に好きな本です。主に幾何学的な観点から古典力学を総括した傑作です。 ニュートン力学,ラグランジュ力学,ハミルトン力学の三部構成で,これを読むと古典力学のすべてがスッキリと頭の中に収まります。 少々アドバンストですが,これは古典力学と数学(多様体論,ファイバー束,Lie群論など)の知識をある程度前提にしているという意味であって,既にこういった知識を持っている人にとってはむしろ易しい本と言えます。 また、Springerから出ている英語版ももともとがロシア語からの英訳なので、 わりあい平易な英語で書かれていて読みやすいです。



【論文を書くために】

  • 奥村晴彦:LaTeX2ε美文書作成入門(技術評論社)
    研究室で論文を書く以上は,なにがしかのTeXのガイドブックを手元においておくことをおすすめします. とりあえずの一冊目として本書をお勧めしますが、 この他にも
    • 伊藤和人:LaTeXトータルガイド(秀和システムトレーディング)や
    • 中野:日本語LaTeX2εブック,ASCII. ¥2,039
    など他にも良い本はいろいろあります。 
  • インターネット上では奥村晴彦先生の日本語TeX情報のページが定番です。
  • 一つ強調しておきたいのは,TeXはたんなる数式ワープロではない、MS-WORDその他の(WYSIWIGな)ワープロソフトの代替品ではないということです. 「WORDの数式エディタでも習熟すればきれいな数式は書けるのだから、見た目は同じじゃないか」という人がいますが、それは間違いです。 TeXとワープロではそもそも思想が違うのです。 TeXはMarkup Languageという、文書(あるいは版組)を構造的に記述する一種の言語処理系であって, これで論文を書くためには「その論文の構造」を論理的に理解している必要があります. 逆に、TeXの言語使用やスタイルを正しく守って書いていると、自然にきちんとした文書が書けるようになるのです。 TeXは決して初心者にとっつき易いものではありませんが,使うことによってユーザーを成長させてくれるソフトウェアなのです.
    TeXに限らず,多くの優れたソフトウェアにはこのようにユーザを成長させる効能があるものです。 emacs然り, perl然り, unix然り。 その多くが百人の凡人ではなく一人の天才によって設計されたものという点で共通しているのは興味深いことだと思います。

  • 小林,小林:LaTeXで数学を─LaTeX2ε+AMS-TeX入門,朝倉書店.
  • 嶋田:LaTeX2εまるごと数式,株式会社ディー・アート.
    数学をバリバリ使った論文を書き始めると,ふつうのLaTeXのスタイルだけでは物足りなくなってきます. そこでAMS-TeXというパッケージの使い方をおぼえると数学の表現能力が飛躍的にアップします.(かつてAMSは追加のインストールが必要でしたが,現在ではデフォルトのLaTeXに含まれていますので,特段AMSを意識しなくてもよくなりました).